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21世紀のFirst Quarterを終えて

私は2000年の8月に東大医学系研究科分子病理学教授に着任しました。2025年度は私が東大に着任して21世紀の最初の4分の1の期間を終えたことになります。振り返ってみると実にたくさんのことがあった(当然のことですが)25年でした。

 

2024年のAnnual Reportでお知らせしたとおり、2025年3月より内閣府に赴任し、1年間ほぼ毎日永田町に通いました。永田町での生活は内閣府の役人の方や国会議員と方々の話し合いに加え、いろいろな大学の学長・理事の皆様の来訪も多く、これまでほとんど経験したことのないことばかりでしたが、なんとか1年を無事に過ごしました。内閣府にいってよく聞いた言葉は「科学とビジネスの近接化」「日本の科学の再興」の2つでした。私自身はがん研究が楽しくて40年近くを過ごしてきたわけですが、政府の中では「研究の成果が経済に直結する」という認識が強く語られるようになったのは、驚きでした。もう1点、印象に残ったのは、日本からノーベル賞受賞者が想定以上にコンスタントに出続けていることから、日本の研究力は世界でもまだトップレベルだと私は思っていたのですが、実際には様々な数値で比較すると日本の研究力がどんどん下がっているということでした。私にとって、こうした数々の課題について今後どうしたらよいかと考えさせられる1年でした。

 

そうしたなかで、2025年度のもっとも大きな経験は南アフリカ共和国のプレトリアで開催された会合に出席したことでした。ドーハ経由で25時間ほどかけて辿り着きました。滞在中は2つの会合に出席したのですが、最も印象的に感じたことはEUを含むヨーロッパの国々やカナダが日本との連携を強く期待していることでした。米国の政権の方針がなかなか定まらないこともあって、ヨーロッパ諸国の日本に対する期待が大変大きくなっているということを実感しました。同時にアフリカ近隣諸国など、いわゆるGlobal Southといわれる国々でも科学の力が経済発展に直結するという認識が強く、世界中で急速に科学研究に対する社会の期待が高まっていると感じました。

 

南アフリカでの滞在は楽しく過ごさせていただきました。随行の皆さんが現地の水では心配だといって、日本からミネラルウォーターを持ち込んで常に携帯してくださいました。ホテルから会場までのバスに、南アフリカ政府の手配でパトカーが何台も並走して警備にあたってもらったのは初めての経験で驚きました。カフェインが入っていないルイボスティーは南アフリカの名産というのを初めて知りましたし、紫色の桜のようなジャカランダの並木、色鮮やかな植物プロテアなど、日本ではなかなか見られない自然に触れられたのもよい思い出です。Welcome partyなどでは現地の方々による歓迎の演奏と踊りが何度もあり、私もすっかり楽しんでしまいました。


ジャカランダの並木https://tabicoffret.com/article/2518/
ジャカランダの並木https://tabicoffret.com/article/2518/
プロテア
プロテア

 

 











今回改めて感じたことは、海外で活躍する日本人が減ってしまったのではないかということです。コロナ禍で一時は海外渡航ができなくなりましたが、その際にオンラインを使った会合が普及したことは私たちの生活をずいぶん楽にしたように思います。しかし、今回の南アフリカ訪問のような現地に行かないとわからないような人と人との触れ合いを体験すると、改めて国際交流の大切さを感じました。


(中略)


研究面での思い出は、5月にPhiladelphiaで行われたBMPカンファレンスと、夏のLundでのTGF-βミーティングでした。BMPカンファレンスは、相変わらず盛大に開催されました。日本からは愛媛大学の今村健志さんも参加し、Hari Reddiさん、Kuber Sampathさんら、長年の友人たちとも再会でき、3日間楽しく過ごしました。私自身はすっかり古株になってしまいましたが、BMP研究の世界は発生生物学から臨床にいたるまで依然としてバラエティに富んでいて、この分野で長い間研究できたことを本当に幸せに感じました。米国はトランプ政権による科学研究予算の削減など大きな転換期にあり、まさに変革が広まりつつあった時期ですが、参加した研究者は不安を抱えつつも皆さんイキイキとしておられたことが印象的でした。今村先生と一緒にPennsylvania大学の帽子を買って、それを帰国した後もかぶっていたところ、何人もの人から「アメリカ大統領みたいだ」と言われて不評だったのもよい思い出です。        


左から今村健志さん、Aris Moustakas、Hari Reddi、筆者
左から今村健志さん、Aris Moustakas、Hari Reddi、筆者

BMPカンファレンスではあまり取り上げられませんでしたが、TGF-βの研究分野の最も大きなトピックはアクチビンII型受容体の細胞外ドメインを使ったリガンドトラップ法を応用した薬剤2つが臨床に使われるようになったことです。1つは難治性貧血に使われるようになったLuspatercept(商品名レブロジル)。もう一つは肺動脈高血圧症に適応となったSotatercept(商品名エアウィン)です。アクチビンII型受容体が結合するタンパク質はアクチビン以外にも多数ありますが、これらの薬剤がどのタンパク質に結合して作用を制御しているのかは実はよくわかっていません。昨年は私が講演会で発表しましたが、今年は私が国家公務員となったこともあり、森川真大さんに発表してもらいましたが、わかりやすかったと好評でした。同様の薬はこれから増えていくかもしれません。TGF-βやBMPを応用した薬剤が長らく開発に至らなかったなかで、この2つの薬の登場は私自身にとっても大きな喜びです。

 

恒例のTGF-βミーティングは、今回はLundで行われましたが、日本からも多くの参加者があり、実り多い会合でした。LundはUppsalaとは違ってグレーの大聖堂があり、街中はトラムが走っていて、とても雰囲気のよい大学街でした。

Lundの大聖堂
Lundの大聖堂

日本のほとんどの皆さんはCopenhagenに飛行機で到着し、Lundまで電車で移動した方が多かったようですが、私は所用でStockholmに到着しUppsalaに滞在、UppsalaからLundまで5時間以上かけて往復とも列車で移動しました。帰路は田邉さんが合流してくれたので、退屈しませんでしたが。現地で聞いたことですが、大学関係者のスウェーデン国内での移動は環境保全のために基本的に列車を使うことになっているということで、本当にびっくりしました。こうしたこともスウェーデンらしいなと思った次第です。列車の窓からスウェーデンの田園風景や森林をゆっくり眺めながら列車で移動するのも楽しいものでした。


2026年3月に宮澤恵二先生が山梨大学を退任され、私も3月4日の最終講義に参加させていただきました。宮澤先生のライフワークの一つとなったSmadの転写調節機構の研究をお聞きし、この分野は深いなぁと改めて感じた次第です。4月になって、宮澤先生は東京に居を移されましたが、東大の宮園研にほぼ毎日いらしていただいており、気づけば終日働いておられます。昔話をしながら楽しい日々が戻ってきたと喜んでいます。

 

内閣府に勤務するようになり、仕事の面では医学・生命科学に触れる時間が極端に減りました。そこで頭のリフレッシュと英語の勉強のためにワインバーグ著Biology of Cancerの第3版を英語で通読することを決意し、2月下旬より毎日往復の電車の中で読むようになりました。当然のことながら、本をまるごと抱えて通勤するのは困難ですので、章ごとに本を分解して持ち歩いて5月3日に読み終わり、現在は第2版の日本語版を同様に分解して読んでいるところです。英語版第3版の発刊が2023年、日本語版第2版は2014年ですから、比較して読んでいると、10年間のがん研究の進歩の大きさに改めて感銘をうけています。

 

(2025年7月 Annual Report 2025より抜粋改訂)

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